2008年10月08日

謡蹟訪問記 その5

その5「菊王丸の墓」「駒立岩」(平成18年10月16日訪問)

小学校の能楽教室で高松に伺いました。 そのときの小学校の隣に「菊王丸の墓」があったので教室が終わってから皆で訪れました。
菊王丸は平家方の能登の守教経(のとのかみ のりつね)の家来で、屋島での源平合戦の時、教経の弓に倒れた源氏方の武将、佐藤継信の弟、忠信によって射殺されました。このエピソードは能「屋島」の前半に出てきます。その死を哀れみ教経が建てたもので写真のごとく小さなお墓ですが綺麗に掃除されておりました。きっと地元の人は大切に守っておられるのでしょうね。
その後、教頭先生が、安徳天皇社や那須の与一が扇の的を射落とすときに馬を海に乗り入れてこの岩を足場にした、といわれる「駒立岩」に案内してくださいました。今はお世辞にも綺麗とはいえない川にその岩はあります。
ふと誰かがこっちを見ている視線を感じました。 向こうには船に乗った女性が扇を持ってこちらを見ています。
ん???なに???? と思っていると、どうもその岩からその船までが実際に弓を放った距離だそうです。結構あるんですよ。6〜70メートルくらいはあるように感じました。この距離で、風が吹いていて、波にゆれていて、馬に乗って、的を射抜いた与一はえらい!!
しかしさすがは高松。まだまだ源平にまつわる史跡はたくさんあります。
歴史のロマンあふれる良いところですね。
もうちょっと時間ができたらゆっくりとまわってみます。

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謡蹟訪問記 その4

その4 「熊坂大仏」(平成18年8月14日訪問)

この日は私用で福井の方へ出かけており北陸自動車道の「金津IC」のすぐそばに「熊坂検問所」というところを発見。そこでその近くまで行きうろうろしていると「熊坂大仏」なるものがあるということを知り、早速訪れました。

地図を頼りに前まで行ったものの、蔵に鍵がかかっていてがっかり。あきらめて帰ろうか、と思ったとき偶然犬の散歩をされている老人に遭遇し、いろいろ伺っているうちに、この方がこの大仏様の守りをされている竜田さん(写真:左)だと分かりました。
  

奥様が蔵の鍵を開けて大仏様を見せて下さいました。この大仏様は高さ、幅とも2メートル程の大きさで、1856年に完成したものです。  しかし昭和7年に火災で焼けてしまいましたものを昭和31年に村民がお金を出し合って現在の金箔の像に漆黒の衣をまとったお姿に修復されたそうです。
「熊坂大仏」は「熊坂長範物見の松」から出来ているからその名がつき、その「物見の松」の由来は越前側の熊坂村突端の裏道沿いにあった、幹周り6〜7メートルの大きな松に、熊坂長範が手下の盗賊と共に上がり、東西4〜5里四方を眺め回し、人馬の足取りを見て、荷物の中身を伺い手下に旅人を襲わせ、財産や所持品、牛馬までも強奪するために使ったことから名づけられたそうです。この松は安政3年の干ばつで枯れてしまいましたが、もったいないと松龍寺の仏師でもある智山和尚が立ち木のままで大仏を彫ったそうです。現在のこの大仏様にはその松の根元の部分が胸の辺りに使われており、残りの中の部分と上の部分を使い造られた大仏が他に2体あり、芦原と三国にいらっしゃる、とのことでした(その名前は忘れてしまいました)。竜田さんのお話では熊坂長範は大盗賊ではあるが盗った金品の三分の一は領主に、三分の一は領民に与えたそうで、悪党、というよりは義賊というイメージだそうです。また能では熊坂長範は63歳で義経に討たれてしまいますが、石川県側の言い伝えでは晩年になって郷里に戻り出家して懺悔の一生を送ったとことになっているそうです。そんな人物にかかわる松だからこそ大仏様になれたのだと・・・・・・すぐ近くにこの松の石碑が残っているということでしたが、残念ながら見つける前に日が暮れてしまいました。
思いがけず熊坂伝説に触れることができました。竜田さんに感謝!です。
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謡蹟訪問記 その2

養老の滝(平成17年8月8日訪問)

この前日の8月7日に郡上大和の薪能に家族でお邪魔しており、そちらで一泊。
翌日、旅館の名物、オオサンショウウオにお別れし、車を走らせ養老の滝へ。駐車場から滝までは結構距離がありました。天気の良い日だったので途中の売店で麦藁帽子を購入。気合を入れひたすら歩いていると後ろから道隆の泣き声が..........
何事かと思い振り返ると、「もう歩けない〜」との泣き言を。
喝!をいれて目的地にむかいひたすら歩きました。
途中、「リフトはこちら」という看板に一瞬期待をしたものの、道隆が無理、とわかりがっかり。再度気合を入れ直しました。そしてようやく到着。目の前に広がる落差32メートルの滝の眺めはまさに絶景。9年前に訪れた熊野の「那智の滝」は近くまで寄れませんでしたが、今回は滝壷まで近寄れたので迫力満点。水に触ってみるとひんやりとして気持ち良かったです。
伝説の霊水はこの辺りの滝水ではなくもっと下流の養老神社あたりの菊水らしい、とのことで、どうするか迷いましたが、今回は時間も気力も体力もなく養老神社はあきらめました。30分程この場所で滝の霊気をもらい帰り道を急ぎました。途中に山の湧き水を飲ませてもらいましたが、心なしか木の香りがするやわらかい味でした。周りには大勢の人が汲みに来てましたね。
私はおよそ15年前に能「養老」を舞わせていただきました。そのときの面は「邯鄲男」ではなく「怪士」。
^我はこの山、山神の宮居〜とシテが力強く謡い颯爽と舞う様はまさに山の神。^水滔々として波悠々たり〜はまさにこの地の景色。次は養老神社まで足を伸ばしてみたいものです。
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謡蹟訪問記 その1

「須磨寺」(平成18年2月7日訪問)

この日は神戸女子大学で仕事があり京都から車に乗って出かけたところ、高速を降りてしばらくすると、思いがけず「須磨寺」の看板が目に入りました。
時計を見ると30分くらいの余裕があったので思わず飛び込んでしまいました。
仕事着の羽織,袴の出で立ちだったので、すれ違う人ほとんどに振り返られてしまいました。
京都ではあまり目立たないのですが神戸ではやはり男の和装は珍しいのでしょうか、、、、?
駐車場から少し距離もあったのでとにかく敦盛の「青葉の笛(写真右)」だけは見ておこう!と思い早速宝物館へ。
宝物館、というからにはすごい建物を想像していたのですが、以外にシンプルで特に入り口もない建物のショーケースの中に置かれていました。敦盛が愛用していた、とされる青葉の笛はさすがに歴史を感じずいぶん痛んでいました。後で識者の方に伺うと恐らく何代目かの物だろうがそれでも結構古いもので歴史的価値はありますよ、とのお話で納得。隣にはこれまた古い高麗笛(写真左)が並んでいました。また他には一の谷の合戦の時、弁慶が安養寺からこの鐘を長刀の先に掛けて担いできて陣鐘の代用にした、とされる「弁慶の鐘」も置かれていました。もっと他にもいろいろ見たかったのですが、なにせ時間との勝負でしたのでとにかく本殿に参拝し、「敦盛の首塚」をみて車に乗り込みました。またこの近くには「松風の松」もある、との話も聞き、そのうちに時間をみつけてゆっくりとまわってみたいものです。
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須磨寺

真言宗須磨寺派の本山。仁和2年(886年)に聞鏡上人が勅命を受けて、当地に聖観世音菩薩像を本尊として奉祀したのが始まりとされる。正式名は上野山福祥寺であるが、古くから「須磨寺」の通称で親しまれてきた。平敦盛遺愛の青葉の笛や弁慶の鐘、さらに敦盛首塚や義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡があり、「源平ゆかりの古刹」として全国的に知られている。古来より源平の浪漫を偲んで訪れる文人墨客も数多く、広い境内のあちこちに句碑、歌碑が点在している。
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謡蹟訪問記

能の話の題材となっている場所が全国にたくさんあります。殊に私が住んでいます京都はその宝庫です。しかしまだまだ行っていない場所もたくさんあり、これからがんばってたずねてみたいと思います。そんな訳でこのようなページを作ってみました。まずはこれまでに訪れたことのある場所を手始めにこのページで紹介していきたいと思います。

その1「須磨寺」(平成18年2月7日訪問)
その2「養老の滝」(平成17年8月8日訪問)
その3「上賀茂神社」(平成17年4月25日訪問) 「下鴨神社」(平成17年6月25日訪問)
その4 「熊坂大仏」(平成18年8月14日訪問)
その5「菊王丸の墓」「駒立岩」(平成18年10月16日訪問)
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