2014年12月03日

片山定期12月公演のご案内

この度 片山定期能12月公演におきまして能「藤戸」を勤めます。

「源平藤戸合戦戦略記」より

寿永3年頼朝の命により 平家追討のため西に下った範頼率いる源氏軍が日間山一帯に布陣し、海を隔てて役二千米対岸の藤戸のあたりに陣を構えた平行盛を大将とするする平家と対峙したが、源氏には水軍がなかったため海を渡れず、平家の船からの無礼な挑発に対して悔しがっていた。
源氏の武将 佐々木盛綱はかねてより「先陣の功名」を目指しており苦心の末、一人の漁師より対岸に通じる浅瀬のありかを聞き出した。夜半男を伴って厳寒の海に入って瀬踏みをし、大将範頼の制止にも耳を貸さずまっしぐらに海を渡り、先陣庵のあたりに上陸し大音声に先陣の名乗りを上げるや敵陣目指して突入し源氏大勝の端を開いた。盛綱はこの戦功により頼朝より絶賛の感状と児島を領地として賜った。当時海を馬で渡るなど絶対不可能と信じられていた時代にこれを敢行した盛綱の快挙は一世を驚嘆させ永く後世に名声を伝えられることとなった。

…という美談でありますが 能「藤戸」では盛綱が漁師がこのことを他言することを恐れて 浅瀬のありかを聞いた後にその場で刺し殺してしまった、というところにスポットを当てて 描かれております。

前半にはその漁師の母親がこの盛綱のもとに現れて理不尽にわが子を殺されてしまったことを恨み、刺し違えようと詰め寄ります。後半には漁師の亡霊が、その時の様を再現して恨みを晴らそうとしますが、盛綱の弔いによって成仏する、というストーリーです。

「天鼓」同様に時の権力者による理不尽な死を遂げた弱者の「心の叫び」を描いた作ふんではありますが、まず「天鼓」は前シテが父親、後シテが息子。「藤戸」は前シテが母親、後シテが息子という性別の違い。

また「天鼓」は「鞨鼓台」という派手な作り物がありますが「藤戸」には何も作り物は登場しません。

後シテも「天鼓」は弔いに感謝して登場するのに対して「藤戸」は恨みを言うために現れます。

舞台上に「派手さ」、はなく粛々と時間が流れます。

とにかく「心」「気持ち」が能に溶け込まないと成り立たない「能」なのです。

「隅田川」の時にもこの「心」「気もち」ということを痛切に感じました。
この「藤戸」もそうです。

いまはとにかくひたすらに「気持ち」を充実させるために取り組んでおります。

12月20日(土)に間に合うように。

どうぞよろしくお願いいたします。

片山定期12月公演

12月20日(土)12時30分始め  京都観世会館

片山定期12月公演表.jpg




posted by wakeba at 09:42| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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